お子さんが「勉強終わったよ!」と声をかけてきたとき、あなたはどうしますか?「そう、じゃあ手を洗っておやつを食べなさい」「もうすぐ夕ご飯だから、テーブルにつきなさい」「まだ夕ご飯まで時間があるから、テレビ見てていいわよ」等々、このような展開を見せているのだとしたら、これは非常にマズいと言わざるを得ません。「勉強しなさい」「分かった。(時間経過)終わったよ」「そう、おつかれさま」……。これで、勉強をさせていると言えるでしょうか。もしこれが工事現場だとしたら、手抜き工事の温床になるはずです。そう、この現場には“チェック”がないではありませんか。人間は、生来怠け者なものです。できるだけラクをしたいと思うものだし、隙さえあればさぼりたいと考えるものです。だからこそ、ほうきとちりとりが電気掃除機に、洗濯板が洗濯機にと、数々の電化製品が出現したのではないでしょうか。しかし、仕事の場ではこんなことは通用しません。
マスカラ市場を開拓しようとメーカーは努力していたし、愛用者もいるにはいたが、全体から見れば少数派。アイシャドーを巧みに多色使いすれば、今で言う目力を高めるメイクも不可能ではなかったため、マスカーフは脇役にとどまり続けた。だがもっとも大きいのは、日本人のまつげの質に合った商品がほとんどなかったことだ。生まれつき密で上向きにカールしている西洋人のまつげと違って、日本人のまつげは一部の例外を除けば短く疎ら。この実状に即した商品が開発されるようになって初めてマスカラの人気は上がり、目力という言葉を誕生させるに至ったのである。日本人のまつげの特性を踏まえたマスカラ。それを市場に送り出しだのは、フランスの化粧品会社ロレアルだ。
納棺した後の通夜の前や、あるいは通夜の終わった後など、時間をつくってでも、遺族は死者と水いらずで充分に別れを告げるべきだろう。三〇分でも一時間でもいい。遺体と相対して死者へ言いたいことを言う。死者の顔を見ているだけでも何かが違ってくるはずである。徹夜で線香の火を消さないようにして、遺体を遺族が見守ることを「夜伽」という。孫がいる家庭であれば、これは孫の世代の役割だと私は思っている。喪主が高齢というケースが多くなっているわけだから、元気な孫の世代にやらせるべきだと思うのだ。一方、孫の世代は死者の柩のそばに一晩いることによって何かを感じ取ることかできるだろうし、少なくともそういう経験をするということは悪いことではない。人の死のそばにいるという体験は、自分の家族以外ではできないことだからである。その体験の機会を奪ってはいけないと思う。
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