一九九四年秋の円相場の動きを例にとって説明してみましょう。この年の前半は二月の日米首脳会談で包括経済協議が決裂したことをきっかけに、六月には一ドル=一〇〇円を突破するなど、急激な円高が進みました。しかし、九月末に両国がなんとか部分合意に達し、政治的な円高圧力が薄らぎました。それ以降は市場に円安ムードが出始めていたにもかかわらず、十月半ばから再び円高が加速し、十一月二日には一ドル=九六円一一銭と、当時の円の最高値をつけたのです。どうしてなのでしょうか。円高の原因は日本にはなく、米国に新たなドル安材料が台頭したからでした。その頃に発表された米国の卸売物価などの経済指標が米景気が過熱していることを示し、インフレ懸念が再び強まったためで、米国債券相場の下落を恐れた米投資家などが資金を米国外に移す動きが加速したのです。このように日本以外の原因で円相場が大きく左右されることは決して珍しいことではなく、以前から何回となくありました。八一年から八二年初めにかけ、当時の前川日銀総裁が「日本経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)は他国より勝っており、日本には円安になる要因はない」と強調したにもかかわらず、円相場は下落しました。中東やポーランド情勢が緊迫し、国際政治不安が強まったことなどから市場参加者の間に「有事のドル買い」の心理が働き、軍事大国でない日本の円や欧州各国の通貨が売り込まれたのです。問題はこうした日本経済には原因を見いたせない場合の為替対策です。日本の通貨当局も日本国内に原因があれば、金融対策や財政政策を総動員して流れを変えることができないわけではありませんが、米国や中東など他の国に原因があるとなると、先方の情勢が日本に有利なように変わるまで待つしかないという場合もあります。しかし、原因が何であるにせよ、円相場が乱高下するのは国民経済的に見て困るわけですから、結局は国際協調によって政策協調したり、外国為替市場へ協調介入したりしていく以外に有効な対策はないともいえるでしょう。
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